前置きなしで書き進めます!
2日目 1月17日(木)〜Second day〜
時差の影響か4時半頃に目が覚めた。
インドと日本の時差は3時間30分。
目が覚めてから寝ようとしても寝れずスマホを見て時間を潰すことにした。
今回泊まった全てのホテルにはWi-Fiが付いていたのでホテル内では自由にネットを繋ぐことが出来た。
それ以外はネットで調べたSIMカードを使いインドを不自由なく過ごせた。
↓一応参考の為に載せておく
SIM2Fly
タイ製の物らしく、アジア各地をカバーしてるとのこと。
4GBで送料込み1400円くらいなので便利かと。
成田空港で出発する前にカードを差し替えるか、飛行機の中で差し替えると良い。
詳しい使い方はググってちょ。
因みに、インド滞在は約5日間だったが2GBしか使わなかった。
ゲームを控え動画を観なければ4GBで十分だろう。
最後ツイッターで画像を投稿しまくって使い切ろうと試みたがこんなもんだった。
話が逸れた。
そういえば朝起きた際、お腹が痛くないことに気付いた。
とりあえずトイレに行ってみるもお腹に不調は全くない。
しかし、いつ何時お腹が悲鳴をあげるかわからないので気とケツの穴を引き締めた。
朝オムカールさんと8時頃に会う予定だったが、6時30分にホテルに来るとの連絡が入った。
この日はムンバイで仕事が入り、ぼくが泊まっていたホテルの近くのホテルに泊まることになったとのこと。
ついに1年越しでオムカールさんと会うことになった。
これまで電話やラインやワッツアップ(ラインみたいなアプリ)などで連絡を取っていた。
電話や写真では男性だったが、もしかしたら全て偽っていて、絶世のインド美女がロビーで待っているのでは!と心の奥底でどこか期待していた。
ロビーに降りるとそこには写真のオムカールさんがいた!!!
絶世の美女ではなかったが、ぼくはインドまでこの人に会いに来たんだと思ったら心から嬉しくなった。
硬い握手をして初めての出会いをお互い心から喜んだ。
↓初めてのツーショット!
外に出て話を始めた。
何を話したか正確に覚えていないがとにかく二人はその瞬間を喜び楽しんだ。
歩きながら話をして、近くの商店で水とお菓子を買って頂き、ホテルに帰ると朝ごはんを食べながらいろんな話をした。
↓朝ごはん。ここに写ってないが「ドーサ」と呼ばれる薄い生地のパンが激ウマだった。
とにかく興奮して内容はあまり覚えていないがインドのことやこれからの旅の日程確認などをしたと思う。
あっという間の時間が過ぎ、チェックアウトをすることになった。
ここのホテル代はオムカールさんが先に払って頂いていた。
決して安くないホテルだ。
感謝の気持ちしかない。
そして8時30分過ぎに車でムンバイからプネーまで約150kmの旅が始まった。
↓いまいち地理がわからないと思うので参考までに載せておく。
オムカールさんとは次の日に会えるが少しの心寂しさを抱きながら別れた。
ここからぼくの本当の旅が始まった。
ムンバイの中心地はとにかく交通渋滞が激しい。
というか、インドの交通事情は日本では比べ物にならないレベルでヤバい。
まずクラクションが半端なく鳴り響いている。
相手を威嚇するというより、自分の位置を教える為にビービー鳴らしているみたい。
車の窓から「少し」手を出すと隣の車に触ることが出来るくらい車両間隔が狭い。
そもそも窓から手を出すとかなり危ないので基本的に出さない方が良い。
隙間があれば車やバイクが入り込んでくるからね。
それだけではなく、人も縦横無尽に道路を渡っている。
車線はあってないようなもので、信号も大きな交差点以外無視している。
中には逆走してくるバイクやリキシャ(三輪バイク)もいるくらいだ。
要はカオスなのだ。
全てがグチャグチャでわけがわからない。
こんな中を運転してるインド市民は本当に凄いと思う。
ぼくが運転したら10秒で事故をする自信がある。
しかし、これだけのカオスの中、事故が全くないのだ。
後日この交通事情を聞いたら「相手が何を考えているか考えながら運転をします。」とのことだった。
う〜ん、そんな簡単なことなのだろうか…。
こればかりは体験してみないと説明が非常に難しい。
↓この動画がわかりやすいかと。これがインドの日常。
これだけのカオスなのだが、実はしっかり秩序立っている。
この秩序に関しては本当に説明が難しいが、カオスの中に秩序があるのがインドの交通事情なのだ。
道路にはそこそこ大きな段差がある。
これもオムカールさんに聞いたら「スピードの出し過ぎを防ぐ為です」とのことだった。
この段差がトラップのようにあちこちにあり、気分が悪くなってきた。
航空学生の飛行試験(実際飛行機に乗っての試験)の際アクロバット飛行を6つほど教官にしてもらったが酔うことはなかったこのぼくが車で酔うことは考えられないのに…。
信号で止まると物乞いの人たちが窓をノックしてお金を要求してくる。
悲しい現実だがこれもリアルなインドだ。
貧富の差があることは聞いていたが、スラムなどの前を通るととにかく物凄い場所に住んでいる。
一人一人にお金を渡していたらキリがない。
スラムやスラムの人たちの写真は撮らなかった。
物珍しさで撮って良いことではないとぼくは思う。
彼らは彼らで日々精一杯生きているのだ。
そんな人たちを見下すような行為だけはしたくなかった。
車種はスズキが一番多く40〜50%は占めてる感じで、ついでヒュンダイが30〜40%、ホンダが10%ほどあり、トヨタがちょっとだけあり、その他の外車がチョロチョロとあった。
日産、スバル、マツダは一台も見なかった。
こんな市場があるというのになんて勿体無いことだろう。
オムカールさんと話ししたら、安さが理由だそうだ。
日本のようにナビや最新の物を付けてる車はほとんどない。
動けば良いという感じだった。
そもそも最近の日本車は安全仕様がすごく、自動ブレーキなどが付いている車が増えている。
これらの機能がついた車はインドでは絶対に売れない。
というか、走行することが出来ない。
先ほどの映像の通りだからね。
もう少ししたら日本車の需要が出てきそうな気配はあった。
早くこのインド市場に乗り込まないと絶好の販売機会を失うだろう。
欧米市場を見てる企業が多いが見当違いだ。
これらのこともオムカールさんと話したので後々紹介しよう。
ムンバイ市街地を離れると高速道路なのか幹線道路なのかよくわからない場所を走り出した。
↓荷台に人が乗っていたり寝ていたりするのがスタンダード
↓高速道路でもノーヘルがスタンダード
↓社会の授業で習った有名なデカン高原!のはず!
↓ノーヘル二人乗りがスタンダード
驚きと楽しさの連続であっという間に感じたが、約3時間半かかってプネーに着いた。
ホテルに着きチェックインをしようとするもよくわからないことを言われ、よくわからないのでとりあえずソファーに座った。
よくわからない時間を15分ほど過ごしていると呼ばれてチェックイン出来た。
この時にカードを要求され先にお金を払った。
ホテルで少し落ち着いた後、オムカールさんの友だちのラムさんに会うことになっていた。
ラムさんの紹介を少しする。
ラムさんはインド工科大学の出身で超超超秀才な方です。
マサチューセッツ州工科大学を知ってる方は多いと思いますが、インド工科大学に落ちた人たちが仕方なくマサチューセッツ州工科大学に行くくらい優秀な大学だそうです。(←ネット情報!)
年齢は50歳だが、すでに仕事をやめてボランティアで何かを教えているそうだ。
海外でバリバリ働いて良い企業の良いポジションで十分稼いだからだそうだ。
そんなこと言ってみてぇ!!!!!
『俺は生きていくのに十分金を稼いだから世の中に還元してぇんだよ。』
夢のような言葉じゃないか。
とにかく、このスーパーインド人が今日の観光案内をして頂くことになった。
ここで少し書きたいことがあるので書き足す。
外国の価値観と日本の価値観で大きく違うことの一つとして「仕事」がある。
日本での仕事の立ち位置は一番だ。
まず仕事優先、寧ろ仕事が一番でないといけない雰囲気しかない。
極端な例をあげるとプロ野球だ。
プロ野球の監督は親の死に目に逢えないと言われている。
親が死のうが子が死のうが仕事を優先することが美徳とされている。
何と馬鹿らしい風習だろうか、と前々から思っていた。
野球に限らず「プロ」と名が付く人日本人は率先してこの風習を変えて欲しい。
海外のプロゴルファーやメジャーリーガーのことでたまに情報が入ってきているのでご存知の方もいらっしゃるかもしれないが「妻が出産するから休む」と言って帰る人が普通にいる。
バス釣りのプロで優勝争いをしており、このまま順当にいけば優勝して賞金をゲットすることが出来る人も同じ理由で試合を放棄して帰ったりもする。
要は仕事やお金が人生に置いての優先順位が家族や自分の生活より下なのだ。
もちろん仕事もお金も大事だ。
日本人はもう少し仕事に関してライトに捉えた方が良いとぼくは思う。
朝早くから夜遅くまで働くことが美徳になってないだろうか。
お客様の為にいつ何時であろうが優先していないだろうか。
家族が犠牲になってまで働いてはいないだろうか。
今一度皆さんも考えてみてはいかがだろう。
ラムさんももっと働こうと思えば働くことは出来たと思う。
お金を稼ごうと思えばもっと出来ただろう。
しかし、そんなことより自分の人生を楽しむ為に何が一番か考えて今の生活に行き着いたのだ。
オムカールさんとの話でもこのことが話題となり、インドと日本のことを知ってる人の意見を興味深く聞くことが出来た。
話を戻す。
ラムさんとホテルで合流し移動することになった。
因みにラムさんは日本語は話せないので、英語のみの会話となる。
しかし、入国審査でお分かりのようにぼくは英語をほとんど話せない。
フィーリングトークで乗り切ることが確定していた。
いきなりさっきのノーヘル二人乗りをすることになった。
ノーヘルでバイクに乗るなんて高校生以来で最初は怖かった。(←おい!これ書いて良いのか!)
ノーヘルにはすぐ慣れたが交通事情があまりにも恐ろしかった。
車やバイクや人がどんどん突っ込んでくるではないか!
それらが真横をガンガン通って行くではないか!
しかし、全く当たらない。
というか、周りを見ても事故なんて全くない。
信じられない状況が目の前で起こっていた。
ラムさんの母校を訪問することになった。(←インド工科大学ではない)
歴史が深く約200年前に出来た学校とのこと。
↓気持ち悪い顔してるなぁ
↓建物もだが、教室や机、椅子なども古いままだった。
古いけど寧ろそれが威厳を持っているように感じた。
最新、最先端をいけばそれが良いのかというとそうではないと感じさせてくれた。
大学とは学ぶ場であるべきなので余計な物はいらない、最低限の物があればそれで良いんだとぼくに言ってるようだった。
↓図書館
歴代の王の肖像画があった。
図書館も作り的に古かったが、それが非常に厳かで良かった。
↓外はこんな感じ
↓本館かな?
↓多分本館のはず
校内を周っているとラムさんが「喉は乾いてないか?」と聞いてくるので「水が飲みたい」と言うとある校舎に入った。
生徒たちが飲んでる浄水器なのか冷水機なのかいまいち判断の難しい水飲み場に連れて行かれ「ここで水を飲むんだ」と言われた。
恐る恐る水を注ぎ、見えないけどこの水に何か入ってないか確認するも透明で普通の水だった。
自分の腸に「頑張ってくれ!」と言い聞かせて飲んだ。
その後校内を歩いていると日本人二人がいた。
何をしてるのか聞くと会社の研修でプネーに来ており、会社のミッションでヒンディー語で自己紹介をしないといけなく、それを学生に聞きに来たそうだ。
そしたらぼくにヒンディー語と日本語が話せる人がいないかと聞いてきてが、そんなことじゃ意味ないだろと思い「知らない」と言ってその場を去った。
そんなことじゃ成長せんぞ!
そういえばその日本人に「バックパッカーで来たの?」と聞かれた。
そんなに若く見えたのか???
見た目がギラギラしていたからなのかわからないが普通の旅人には見えなかったらしい。
その後詳しくはわからないが城壁に移動した。
↓城壁から外の写真
この城壁の入場料がインド人は20か50ルピーとかだったが、外国人は500ルピーだった。
ラムさんに払って頂き入場出来た。
ありがたく入場させて頂いた。
↓昔の風呂場らしい
ラムさんの説明で色々わかったが(←もちろんフィーリングで)、この城は昔の争いで焼けてなくなってその跡が今の状態らしい。
↓ラムさんとのツーショット
「ピクチャー!ウィズウィズ!」とジェスチャーで察して頂き撮った。
↓トゲトゲしてる城壁の入り口
↓昔は象さんも通ってたらしく、大きな門だった
プネーはインドで第8の都市だが、海外からの観光客はほとんどいなかった。
この写真の周りにはインド人がたくさんいて、メチャクチャ注目されながら撮った。
もっと面白おかしく撮って周りのインド人を笑わせれば良かったと反省している。
この次は古いマーケットに行くことになった。
確かこれも200年前からのマーケットだったはず。
↓マーケットの一部
寝てる人がいるが、これくらい自由で良いと思う。
寝てる人があちこちにいるのもインドのあるある出来事だ。
↓普通のマーケットって感じかな
↓日本だったら歩行者しかダメな道でも車やバイクがクラクションと共に通過している
この時ラムさんは女性物の布と何かを買っていた。
ラムさんは結婚していないが彼女は何人かいるらしい。(←聞き間違いかジョークかも)
↓ヤギと一緒に
ラムさんが撮るから触ってみろよ、的なことを言っていたと思うが怖くて触れなかった。
インドの路上に野牛や野犬がいることは有名だが様々な動物がいた。
牛・犬・猫・ヤギ・羊・ロバ・ネズミ・猿などかな。
↓ニンニクを剥いてたら眠くなって寝てるおばちゃん
インドは本当の意味で自由の国だ。
多分このおばちゃんを起こしてなぜ寝たのか聞いたら「眠くなったからに決まってるじゃないか!」と言われるだろう。
このおばちゃんがおかしいわけではなく、この光景がインドではスタンダードなのだ。
ぼくが強い感銘を受けたシーンでもあった。
↓野菜withヒカル
野菜売ってるおっちゃんがめっちゃ嫌そうな顔してるのが特徴的な写真だ。
このマーケットを離れるとアーユルベーダ(インドのオイルマッサージ。世界三大医学の一つでもある非常に奥深いマッサージ)の店の予約を取って頂いた。
ホテルから歩いて5分くらいの場所でホテルからの行き方も教えて頂いた。
次はヨガに行くことになった。
ヨガをするから着替えてこい、とのことで靴からサンダルに履き替え動ける服装に着替えた。
バイクで移動して着いた所はなぜか山の麓だった。
そして山を登り始めた。
もしかして山の頂上でヨガをするのか?と思いながらよく分からないまま山を登った。
山といっても80mくらいの丘だね。
それを登ると頂上には道があり、人が歩いたり走ったり散歩したりしていた。
↓こんな感じの道
一周が1.5kmらしい。
トレイルランをするには非常に良い場所だった。
インド全体で言えることらしいが、上の動画で見てわかるように昼から夜まで交通事情で走ることが出来ない為、プネーのランナーはここに来て走るみたい。
肝心のヨガをする気配はない。
↓どうやらラムさんはここの夕日を見せたかったらしい
ラムさん『ずっとインドの喧騒の中にいたけどここは静かだろ?俺は君をここに連れて来たかったんだ。ここは本当に静かで良い場所なんだ。』
ぼく『本当に静かですね。こんな場所はぼくはとても好きです。とても…。』
こんな会話をした。
さっきまでクラクションがやかましく鳴り響き、人や車、バイクなどが所狭しとひしめいていた。
そこから急に静けさの中に自分がいることに心落ち着き、なんとも言えない不思議な気持ちになった。
↓インドに移り住むならプネーが良いと想ってる頃
少ししたらラムさんが「そろそろ行くか。ヨガの場所はここから10km離れてるから急ごう。」と言ったように聞こえたが聞き間違いと思った。(正確に書くと「ヨガ」「10km」のフレーズから察した。終始こんな感じで生活していた。)
なぜならこの時点で18時15分だったからだ。
ヨガは18時30分の予定だった。
まだこの丘に居たかったが時間がなくて降りることになった。
途中筋トレをする場所があり、そこには多くのインド人がトレーニングに励んでいた。
ラムさんの友人が何人もいて話をしていた。
バイクの場所まで辿り着くとその時点で18時30分だった。
バイクに乗り走り出すと肌寒さを感じた。
プネーは最低気温が15度くらいになるので夕方くらいから少し寒くなってくるのだ。
バイクが止まり着いたのかと思ったらラムさんがサトウキビジュースを注文して飲み出した。
サトウキビを機械で生搾りするのだが、これを今回飲まなかったので今度行った時トライしようと思う。
↓こんな感じ
時間に遅れてるけど良いのか???と疑問を抱きながらも、身を任せるしかないし考えてもどうしようもないので特に考えもしなかった。
先ほど聞いた「10km」というフレーズはやはり聞き間違いではなかったようで20分ほど移動した。
↓マンションの15階建ての最上階にあったヨガ教室
もしかしたら13階だったかもしれないが、とにかくこんな感じの入り口だった。
中は普通のマンション(日本とインドのマンションとアパートの言い方は違うみたい)でヨガマスターと会った。
ラムさんが全部説明してくれて、多分「基本的なことをやると良いよ」的なことを言っていたと思う。
日本でもしたことがないヨガだったがぼくがイメージしてるヨガとは全く違った。
↓以前のヨガのイメージ
「息をゆっくり鼻から吸って〜、はい、口からゆっくり吐きましょう〜。」
「姿勢は気にせずぼくの真似をして〜、出来る範囲で良いからゆっくりやりましょ〜。」
的なノリでやるのかと思ってた。
↓現実のヨガ
「はい!息吸って!スゥ!!!はい!吐く!!!プフゥ!」
「姿勢が大事なんだ!違う!ここはこうだ!違う!この時は前をしっかり見るんだ!」
ヨガにも種類があると思うので一概に言えないのだろうが、ぼくの初ヨガは結構厳しいヨガだった。
しかし、このヨガの体験はとても良かった。
是非整骨院に取り入れたいくらいだ。
いや、むしろそのうち取り入れると思うので患者さんは楽しみにしていてちょうだい。
「うわ!あいつちょっとインド行ったからってカブれてるよ!」
まぁみんなそう思うだろうね。
実際やってみて良かったと思ったから仕方ないじゃないか!
↓ヨガマスターwithヒカル
ちょっと面白かったのが、ぼくに姿勢のことを結構言いながら、ヨガマスターがデモすると結構姿勢が出来ていない時もあったことだ。
もちろん、めちゃくちゃ上手だったけどさ。
ヨガが終わって「メッチャこれ筋肉使うし難しいですね。」と言ったら「違う、練習すれば出来るようになるんだ。俺もいきなり出来るようになったわけじゃなく、毎日練習してるから出来るようになったんだ。だからお前も練習するんだ。そしたら出来るようになるよ。」と言われた。
何事もそうだがいきなり出来ることは少ない。
いきなり出来ることは基本的に浅いものが多い。
だからこそこのヨガの体験は非常に有意義なものとなった。
一通り終わってお金を払おうとしたら「いらない」と言われた。
『俺はラムと友達なんだ。だからお前からお金をもらう必要はない。大丈夫だ。』
と言われた。
それでも払おうとしたが断られた。
これ以上言ったら失礼になると思って深くお礼だけ伝えその場を去った。
部屋から出てラムさんにも深くお礼をした。
しかし、英語をまともに話すことが出来ないぼくは「サンキューベリーマッチ」しか言えなかった。
この時は英語が話せない自分に対し無性に腹が立った。
ホテルに帰ることになったが、この時すでに8時を過ぎていて、先ほどの写真の通りぼくはTシャツ姿だから非常に寒かった。
この時何となく尾崎豊の「15の夜」を口ずさんで暴走族的な気持ちになり、上を向いていたら段差で首を少し痛めた。
その日で治ったから良かったけどね。
ラムさんに「またムンバイに行く時の列車で会おう」と言われ別れを告げた。
部屋に帰ると一気に疲れた。
今回の記事を見て分かるように、この日はひたすら動き回っていたのだ。
オムカールさんと朝会ったはずだが、もう三日四日前のことのように思えた。
それくらいこの日の出来事全てが新鮮だったのだ。
脳がフル活動して新しいことを覚えていった。
ベッドでゴロゴロしているとお腹が空いてることにも気付いた。
0階(インドでは1階のことは0階と表記されていた)にレストランがありそこに行こうか迷った。
なぜなら何を頼めば良いかわからないからだ。
オムカールさんに写真を送ってSOSを出すもこの日はお仕事でスマホを見ることが出来ず、返信がなかった。
こうなったら気合いで乗り切ってみようと思い、とりあえずレストランに入った。
↓案の定わからない
一体何を頼めば良いかわからずスタッフに訪ねた。
『Do you like this menu?』
直訳すると「あなたはこのメニューが好きですか?」とメチャクチャな英語だ。
メニューを指して「Do you like?」を連呼した。
するとこれで意外と通じるものでどうやら注文が出来たらしい。
インド滞在時、基本的にぼくはこの方法で全ての食事を乗り切った。
↓よくわからないがパリパリの生地の上に玉ねぎトマトパクチーがのってる料理
日本でいうところのおつまみ的なものだと思うが、これも美味しかった。
何なのかよくわからないがとても美味しかった。
30秒で食べ終わり、これしか来ないのかと思い、もう一度声をかけて「俺はカレーが食べたいんだ!カレーをくれ!」と言うと無視された。
↓じゃがいもとパン的なもの
何の種類かわからないが粉系のもので作られた生地を揚げたやつとじゃがいもにスパイスとパクチーやらが入っていた。
どうやらこれが来るから無視したみたい。
↓それでもお腹が空いていたのでもう一品頼んで来たのがこちら
多分米か何かを潰して作られたチャーハン的な食べ物。
食感がいまいちだったがそれでも美味しかった。
お腹が満たされ支払いをどうするのかわからなかったが、どうやらチェックアウトの時に支払うとのことだった。
部屋に帰りシャワーを浴びてこの日のことをメモしてグッスリ寝た。
これが二日目の全てだ。
どれだけ長いんだと思ったかもしれないが、これでも結構端折って書いてる。
最後にメモを載せて終わる。
長いけど、この日が終わって書いてるからそのままの気持ちを書いてる。
2019/01/17 22:54
今日は一日が三日くらいに感じた。色んな経験が出来た。
朝4:30に目が覚めて眠れなくなり、そこからフル稼働。6:30にオムカールさんがホテルに来て初対面。はじめましてという感じがないくらいスンナリ出会いを果たした。色んな話をしたがまだまだ時間が足りなかった。とても面白く有意義な話が出来た。
その後プネーに向けてタクシー的なものに乗って移動。インドで運転なんて絶対無理だよ。ぼくでも10秒で事故る自信がある。全てが楽しかった。3000ルピーしたけどとても良い経験だった。むしろ安いくらいに感じた。道路の状態が悪かった。スピードを出さないために所々凸凹してて首がむち打ちなるくらいガタガタした。由美ちゃんだったら10分後には酔って吐いてるだろう。高速道路ではノーヘルバイクが走っていたり荷台に人が乗っていたりクレイジーなことだらけだった。ムンバイでは車越しに物乞いをしてくる人がいた。やはりここはインドなんだと思った。中々おっかない。
プネーのホテルに着いてチャックインしようとするも謎の待機時間があった。何とかチェックインを済ませ一息ついてからラムさんと会うことに。50歳の彼は身長が190cmと大きいがどこか優しさを感じた。するとまさかのノーヘルをいきなり体験することに。高校生の時以来だった。最初は怖かったが、あの交通事情の中をくぐり抜けているうちに怖さよりも楽しさが上回った。しかし、周りをキョロキョロ見てると段差で首をやられる。周りはとにかくクラクションをずっと鳴らしていた。ラムさんは一度も鳴らしてなかった。時折道を譲るなどしており、やはり優しいと感じた。
最初はプールを案内してくれた。ここで泳いでるし3面のプールがあるんだと多分言ってた。終始フィーリングでの会話をしていた。会話というよりあちらが話してくれるだけだけどね。その後200年前に出来た学校に連れて行ってくれた。多分ラムさんの母校なのかな?そんなことを言っていた。古い建物や古い机や椅子だったが、逆にそこが良く感じた。新しく綺麗にする必要はないし、寧ろ歴史を残すことの意義を感じた。とても良い経験をした。学生たちが飲んでる浄水器みたいなのがあり、そこの水を飲めと言われ飲むことになった。恐ろしかったが断れない状況だったため少しだけ飲んだ。ぼくの腸内細菌よフル活動してくれよ!
その後城っぽい建物に連れて行ってくれた。約300年前の建物で危険に溢れていた。ちょっとつまずいて落ちたら即死レベルの段差があった。城壁からも気を抜いたら確実に落ちることも可能だ。建物の中は戦争で焼けて無くなったけど、まだ少しだけ跡形が残っていた。ここは市民の憩いの場になっているみたいで家族連れやカップルが多く居た。
そこを出てヨガに行くと思ったら明日のアーユルヴェーダの予約を取ってくれた。良くわからんが、いや全くわからんがホテルの近くなので歩いて問題なく行けるでしょう。
その後ヨガに行くということで着替えてサンダルになり移動したら山に連れて行かれた。山の中にヨガ屋があるのかと思っていたらオムカールさんたちがよく登っている山だった。そこの夕暮れを見せるためだった。看板には虎の絵があり、虎が出るのかと思ったがどうやら違うみたい。昔は居たかもしれないけど今は居ないよと。孔雀が居たりするらしい。登りきるとそこにはトレイルコースがあった。元々石を採掘していた場所だったらしい。そこから見る夕焼けは美しくさっきまでの喧騒が嘘みたいに静まり返りゆっくりと時を刻んでいた。そこには散歩をしている人たちやランニングをしている人たちや夕焼けを見てる人たち、犬の散歩、トレーニングなど様々な人たちがいた。日本と何も変わらないと思った。
その後ヨガに行くことになったが、急激に気温が下がり結構な寒さになっていた。このままでは風邪を引くと思ったが、着る物もないし何とか堪えた。途中でサトウキビジュース(生搾り)を飲んでいた。動画で見たやつが目の前でやっているのを見て少し感動した。
ブッシューと顔に飛んでくるのも全く気にならないしリアル感があって良かった。
そして移動を再開しヨガマスターの場所へ。ヨガスタジオ的なところでするのかと思ったら普通の部屋ですることに。ラムさんがヨガマスターに色々話していた。もちろん断片的にしかわからないがぼくの状態を話してくれていたのだろう。そして初ヨガ体験。すごく難しく、姿勢維持の為に筋肉をガッチリ使わないと出来なかった。多分だけど、それじゃダメなんだと思う。一回で出来るはずがない、練習を毎日繰り返すんだと言われた。ラムさんにも本を買ってやれば良いよと言われた。次はヨガにハマりそう!筋トレだけじゃなく、鍛えた筋肉のバランスを整えるためにも必要な気がする。ヨガも終わり、お金を払おうとしたらいらないと言われた。本当に感謝の気持ちしかなかった。ラムさんの友達だからと言っていたが、日本から来た青年の為に無料にしてくれたんだと思う。心からありがたいと思った。因みにヨガが終わった後水を出された。怖かったけど、もう構わず飲んだ。明日どうなってるかな…。
そして外に出るとやはり寒かった。ラムさんは上着を着ていた!バイクに忍ばせていたやつだ!バイクが走り出すと超寒くてこれは風邪引くかもなと70%くらい思った。ラムさんの体になるべく隠れて風が当たらないようにしたが寒いものは寒い。
ホテル近くに帰るとアーユルヴェーダの店の行き方を教えて頂いた。本当に優しい人だ。夜ご飯を食べるのかと思ったが、ぼくが眠たそうだったからかホテル前でお別れした。泣きたくなるくらい優しかった。またすぐ会えるから良いけど、お別れの時は悲しくなるのかな。
部屋に帰り寝ようかどうしようか迷ったが、お腹が空いていたのでルームサービスがないか確認するもなくて、0階(インドでは0から数字が始まるみたい)にレストランがありそこで食べるしかなかった。勇気を出してレストランに行った。これはドイツでレストランに行ったことがあったから出来たことだろう。あの時も勇気を出して行ったからね。何を頼めば良いかわからず超適当な英語でオススメをお願いしたら軽いスナック的なのとジャガイモのカレー風味とパン的なやつが出てきた。パクチーがバリッと効いてて普通の日本人では食べれないだろうと思う。ぼくはとても美味しく食べれたけど。本当に美味しい。もう少し食べたくなり追加したらそれは食感が微妙だったけど、美味しかった。
支払いはチャックアウトの時にするみたいで問題なかった。チップを渡し損ねた。というか、お金を細かくしてないからチップが渡せれないんだよ。どうにかしないとな。部屋に帰り服を手洗いで済ませてシャワーを浴びやっとで寝ることになった。
本当に濃密な1日を過ごした。最初にも書いたが、三日くらい過ぎた感じがした。それだけ充実していたのだろう。名前は忘れたがリヤカーマンの動画でその人が言っていた。リヤカーを引いてる時は1日1日がとにかく長く感じる。それまで過ごしていた1日とは全く違い1週間くらいに感じると言っていた。まさにその体験を垣間見たんだと思う。本当に長く感じた。頭に新しいことが湯水の如く入ってきたのだろう。とても良い経験をしている。まだまだこれからだし、第二の目的であるムンバイマラソンが控えてる。明日は何があるだろうか。ワクワクして眠れない、ことはないくらいヘトヘトだからグッスリ眠れるだろう。
おやすみインド。
まだ二日目だけど三日目をお楽しみに。
コメント
コメント一覧 (6件)
独身の人のように楽しんでますね
きっと奥さんすごい人なんだと思う!
内助の功ですね
>>ひとみさん
みんなが縛られ過ぎなんですよ。
おもしろすぎます!
すごく興味深いし、刺激を得ますね。
どこかの民放か、インターネットTVでドラマ化して欲しい笑笑
>>青黒ウサギさん
ありがとうございます!
なるべくインドで感じたことをそのままお伝えしようと試みておりますが、長文になり過ぎたので次から何とかします!
主演はよく似てると言われる「小栗旬」で決まりですね!
ほんとに長く濃い1日を過ごしていますね!極端に言えば五感で感じるものが全て初〇〇なわけですもんね!
それは伝えたくなる気持ちになりますよd(^_^o)
昔、初めて東京行ったときのことやアメ横行ってキョロキョロしたいく持ちと裏腹に平静を装いながら歩き回ったことを思い出しました^^;
>>たくぞうさん
今回はあまりにも長過ぎたので三日目からかなり短くすることにしました!
さすがにここまで長いと自分でも見返すのが面倒ですからね。
海外でキョロキョロしてるとスリや強盗に狙われやすいのでそこはなるべく注意しました。